○川崎工場長のこんなとき

川崎さんが工場長に就任して数ヶ月が経過した。

この工場は、これまで勤務していた工場とはかなり雰囲気が異なっていた。

特に、工場全体の社員の動きや活動に物足りないものを感じていた。

全体に活気がなく動きが鈍いのである。

上から指示されたことのみをこなす組織になってしまっていたのである。

そこで、組織全体としてもっと主体的に、積極的に活動するしくみと風土に変革する必要性を強く感じていた。

そこで、工場の組織風土を革新するには何をすべきか、どのような方向で改善したらよいかを、工場革新委員会を設置し、検討させることとした。

工場革新委員会からは、改革のためのさまざまのアイデアや改善案が出てきた。

これらの案をたたき台に工場革新プログラムが最終的に策定された。

そして、革新プログラムが工場長に対して提案されたのである。

革新プログラムの内容はBPR(Business Process Reengineering)等の考え方をベースにした工場革新のための実践プログラムになっていた。

革新のための方向や内容は確かに今日的なテーマであり、実行できたら現状を改革できるだろうと川崎工場長は考えた。

川崎工場長はこの革新プログラムの実行を決断し、各部門から課長クラスを選定し、実行レベルの実質的な責任者とした。

まずは、革新プログラムを実行するための社員教育が行われた。

教育の内容は、工場長が全体像の話しをし、詳細は工場革新委員会のメンバーが説明するものであった。

ところが、予定した教育対象者は仕事が忙しいという理由から、全体の半分程度しか出席しなかった。

工場長も「まぁ、もっと参加してもらいたいのだが、半分でも教育しないよりいいだろう」という思いでいた。

ただ、研修に参加したメンバーの感想は少々ニュアンスが異なっていた。

現場の意見やアイデアはほとんど取り入れられていなかったこともあり、全体にしらけた雰囲気であった。

革新プログラムも実践をはじめて数ヶ月が過ぎた。

いつの間にか各部門の活動は形骸化しており、活動報告も多くは事務的なものになっていた。

革新プログラムは具体的な成果につながらないまま、沈滞ムードに陥ってしまったのである。

これまで当工場はいろんなことに取り組んだが、すべて中途半端に終わっているというのが、工場長の認識であった。

今回もどうも中途半端に終わりそうなのである。

工場長が直接社員に革新プログラムの活動状況をヒアリングしてみた。

すると、「何かをはじめても、またか、という意識でそのうち革新プログラムについて、誰も、なにも言わなくなるだろう」と考えている人が多かった。

川崎工場長は、現場から工場長室に戻りながら、さまざまな思いが頭をよぎった。

なぜ、工場を良くしていくような流れにならないのだろうか。

何かやり方が間違っていたのだろうか。

何かが足りなかったのだろか。

工場長が、ふと、足元をみるとゴミ箱の周囲にゴミが散乱し、汚れていた。

ゴミの分別も徹底されていなかった。

そして、そのことを誰も問題と感じず、改善をしようとしない風土であった。

この工場の問題として、まずはこのあたりに本質があったのかも知れない、と考えるのであった。

この工場長が考えたこの工場の問題の本質は何であると考えたのか。

その問題を解決するための考え方や進め方はどのように展開すべきであろうか。